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公証事務

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事実実験公正証書

Q1. 事実実験公正証書とは、どのようなものですか?

   公証人は五感の作用により直接体験(事実実験)した事実に基づいて公正証書を作成することができ、これを「事実実験公正証書」といいます。事実実験の結果を記載した「事実実験公正証書」は、証拠を保全する機能を有し、権利に関係のある多種多様な事実を対象とします。
   例えば、特許権者の嘱託により、特許権の侵害されている状況を記録した事実実験公正証書を作成する場合や、相続人から嘱託を受け、相続財産把握のため被相続人名義の銀行の貸金庫を開披し、その内容物を点検・確認する事実実験公正証書を作成する場合があります。
   このほかにも、キャンペーンセールの抽選が適正に行われたことを担保するため、抽選の実施状況を見聞する事実実験、土地の境界争いに関して現場の状況の確認・保存に関する事実実験、株主総会の議事進行状況に関する事実実験等もあります。
   対象となる事実には、私権の得喪・変更に直接・間接に影響がある事実であれば、債務不履行、不法行為、物の形状、構造、数量ないし占有の状態、身体・財産に加えた損害の形態・程度等も含まれます。
   事実実験をどのように実施し、どのような内容の公正証書を作成するかに関しては、嘱託する公証人と事前に十分打合せをすることが必要です。
   事実実験公正証書は、その原本が公証役場に保存される上、公務員である公証人によって作成された公文書として、高度の証明力を有します。
   このようなことから、事実実験公正証書には証拠保全の効果が十分期待できるのです。

Q2. 特許権等に関する知的財産を守るための事実実験公正証書について説明してください。

   知的財産権、すなわち特許権、実用新案権、意匠権、商標権、著作権、営業秘密(ノウハウ)等は、企業の営業活動の中で極めて重要なもので、これらの権利を侵害から守ることが必要となります。
   知的財産権を保護する方法の一つに特許権がありますが、特許権の取得はその発明の内容を公開することが前提となります。しかし、公開することによってその発明が盗用される危険が伴います。そのためあえて特許権を取得せず、発明を秘密(門外不出、一子相伝等)にしておき、もし万が一、他人が後日同じ発明をして特許権を取得した場合でも、既に同じ発明を実際に事業に使用していることを証明することによって、引き続き使用する権利(先使用権)を認めさせるという方法が有効な場合があります(特許法79条、商標法32条等)。そこで、その場合に備えて、発明の内容や実施実績を公正証書にしておくことが行われます。
   また、相手方の発明について既に自分が公開していたものであることを証明して相手方の発明の新規性を排除するため、自分が公開した状況を公証人に目撃してもらい、それを公正証書にするケースもあります。

Q3. 「尊厳死宣言公正証書」について、説明してください。

   過剰な延命治療を打ち切って、自然の死を迎えることを望む人が多くなってきており、事実実験の一種として、「尊厳死宣言公正証書」が作成されるようになってきました。
   「尊厳死」とは、一般的に「回復の見込みのない末期状態の患者に対して、生命維持治療を差し控え、または中止し、人間としての尊厳を保たせつつ、死を迎えさせることをいう。」と解されています。近代医学は、患者が生きている限り最後まで治療を施すという考え方に忠実に従い、生かすべく最後まで治療を施すことが行われてきました。しかし、延命治療に関する医療技術の進歩により、患者が植物状態になっても長年生きている実例等がきっかけとなって、単に延命を図る目的だけの治療が、果たして患者の利益になっているのか、むしろ患者を苦しめ、その尊厳を害しているのではないかという問題認識から、患者本人の意思(患者の自己決定権)を尊重するという考えが重視されるようになりました。「尊厳死」は、現代の延命治療技術がもたらした過剰な治療を差し控え、または中止し、単なる死期の引き延ばしを止めることであって、それは許されると考えられるようになりました。
   近時、我が国の医学界等でも、尊厳死の考え方を積極的に容認するようになり、また、過剰な末期治療を施されることによって近親者に物心両面から多大な負担を強いるのではないかという懸念から、自らの考えで尊厳死に関する公正証書の作成を嘱託する人も出てくるようになってきました。
   「尊厳死宣言公正証書」とは、嘱託人が自らの考えで尊厳死を望む、すなわち延命措置を差し控え、または中止する旨等の宣言をし、公証人がこれを聴取する事実実験をしてその結果を公正証書にするものです。
   ところで、尊厳死宣言がある場合に、自己決定権に基づく患者の指示が尊重されるべきものであることは当然としても、医療現場ではそれに必ず従わなければならないとまではいまだ考えられていないこと、治療義務がない過剰な延命治療に当たるか否かは医学的判断によらざるを得ない面があることなどからすると、尊厳死宣言公正証書を作成した場合にも、必ず尊厳死が実現するとは限りません。もっとも、尊厳死の普及を目的としている日本尊厳死協会の機関誌「リビング・ウィル」のアンケート結果によれば、同協会が登録・保管している「尊厳死の宣言書」を医師に示したことによる医師の尊厳死許容率は、近年は9割を超えており、このことからすると、医療現場でも、大勢としては、尊厳死を容認していることがうかがえます。いずれにしろ、尊厳死を迎える状況になる以前に、担当医師等に尊厳死宣言公正証書を示す必要がありますので、その意思を伝えるにふさわしい信頼できる肉親等に尊厳死宣言公正証書をあらかじめ託しておかれるのがよいと思われます。